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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9071号 判決

原告 雨宮寿信

原告 雨宮さきこと 雨宮とき

右両名代理人弁護士 山田半蔵

山田賢次郎

被告 高山松好

右代理人弁護士 千田和三

山口教一

伊藤彦造

主文

原告等の各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

苗村商事が本件宅地の所有者であつたこと、原告等の長男雨宮弘栄が昭和二六年七月二四日、苗村商事からこれを買受けた旨の所有権移転登記がなされていることは、被告の自白したところであり、その成立に争のない乙第一四号証の記載及び原告雨宮寿信本人尋問の結果によれば、同原告は右日時、雨宮弘栄の為に本件宅地を買受けたこと同人が昭和三〇年一月一二日死亡し、その尊属親である原告両名が、これを共同相続したことが認められる。原告等が昭和三〇年八月一七日、相続に因る所有権取得登記を経たこと、被告が昭和二六年八月一日以前から、本件敷地上に本件家屋一棟を所有し、これに居住していることは、被告の自白したところである。

被告は、被告が本件敷地上に賃借権を有すると主張するから、この点につき判断する。その成立に争のない乙第三、第五号証の各記載、証人清水哲三の証言、及びその証言によつて真正に成立したと認める乙第一号証の一、二同第二、第六号証の各記載、証人野村精一の証言及びその証言によつて真正に成立したと認める乙第一五、第一六号証の各記載、並びに証人斎藤数一郎の証言、原告雨宮寿信及び被告各本人尋問の結果によれば、野村伊佐美は今次大戦以前、苗村商事から、本件敷地を、建物所有の目的を以て賃借し、その地上に家屋を建築し、野々垣謀がこれを賃借していたが、同人の店員であつた被告は、昭和一二年四月頃、同人から右賃借権を譲受け、爾来尾張屋という屋号で、餠菓子屋を経営していた。しかるにこの家屋は昭和二〇年三月頃、強制疎開により除却され、同時に野村伊佐美の本件敷地に対する賃借権も消滅した。しかし同人は昭和二一年春頃再び苗村商事から、これを賃借し、同年四月一日以後の賃料を苗村商事に支払つてきた。被告は同年九月一六日、同人に代金一万円を支払つて、同人から右賃借権を譲受けた。被告は同年一二月二五日野村伊佐美と、同人名義で、本件敷地上に本件家屋を建築することを契約し、昭和二二年一月一一日、同人名義で東京都長官にあて、本件家屋の建策届を提出したが、それには、苗村商事が地主として承諾の捺印をした。被告は昭和二二年四月一日、苗村商事に坪当り五〇〇円の承認料を支払つて、賃借権の譲受につき、その承諾を得それから昭和二六年三月分迄、苗村商事に対し、一ヵ月一八円から六一九円四〇銭に漸増された賃料を支払い、同年四月分から同年七月分迄は、その代理人である原告雨宮寿信に、六一九円四〇銭の割合による賃料を支払つてきた。被告は昭和二六年七月二四日、本件宅地が苗村商事から雨宮弘栄に、所有権移転登記の為された当時に於て、本件敷地を、普通建物所有の目的を以て、賃料一ヵ月六一九円、毎月末払の定めで、存続期間の定めなく賃借していた。清水哲三は苗村商事の監査役であつて、曽て同株式会社から、本件敷地を賃借したことはなかつたことが認められる。以上の認定に反する部分の原告雨宮寿信本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところである。

尤もその成立に争のない甲第二号証によれば、清水哲三は本件敷地につき、存続期間昭和五年一〇月一日から昭和二五年一一月三〇日迄、地代一月一八円という地上権を有する旨の、苗村商事と連署した権利申告書、雨宮弘栄名義の、借地権者清水哲三が連署した権利異動(消滅)申告書が、東京都第三復興区画整理事務所に提出せられてあることが認められるけれども、証人清水哲三の証言によれば、同人は右権利申告書に捺印したことはなく、右権利異動(消滅)申告書の借地権者の欄に、同人が署名捺印したときは、「権利異動」と「申告書」の印刷文字の間のかつこ内はブランクで、「消滅」なる文字は、何人かがその後挿入したものであることが認められるから、右甲第二号証の記載から、本件敷地の賃借人が清水哲三であり同人が、その賃借権を放棄したと認定することはできない。その他被告が本件敷地に賃借権を有するという前記認定を覆すに足りる証拠資料はない。

原告等は再抗弁として、被告は本件敷地の賃借権につき、その設定登記を経ていないし、本件敷地に建てた本件家屋につき、保存登記を経ていないから、その賃借権を以て、原告等に対抗し得ないと、主張し、被告が右のような各登記を経ていないことは、その認めるところがある。

そこで被告の再々抗弁につき、判断する。証人清水哲三の証言、その証言により真正に成立したと認める乙第八号証の一の記載、原告雨宮寿信及び被告各本人尋問の結果によれば、原告等は被告と至近距離に居住するものであつて、原告雨宮寿信は、被告が昭和二六年以前から、本件敷地につき賃借権を有し、苗村商事に賃料を支払つてきたことを知つていたこと、同原告は被告から、昭和二六年一月一日以後、同年一〇月末日迄の本件敷地の賃料を受領して居り、更に同年秋頃被告に対し、右賃料の増額を要求したことが認められる。以上の認定に反する部分の原告雨宮寿信本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところであつて、他にこれを左右するに足りる証拠資料はない。右の事実は原告雨宮寿信が雨宮弘栄の代理人として、賃料の受領及び増額の請求を為したものと認めるのが、相当である。そうだとすれば、雨宮弘栄は、被告が本件敷地に賃借権を有することを承認していたものというべく、同人がこれを承認していたと認むべきものである以上、その共同相続人である原告等は、被告が右賃借権につき、その設定登記、建物保護ニ関スル法律第一条第一項に基く、本件家屋の保存登記を経ていないことを主張して、その賃借権を否定することは、許されないところである。この点につき、被告の引用する最高裁判所の判例参照。

原告等は、(二)の再抗弁として、本件宅地は、昭和二一年一〇月一日、東京都から、特別都市計画事業の土地区画整理施行地区に編入せられ、その旨公示せられたところ、被告は同年一一月一日迄に、東京都に対し、その賃借権に届出をしなかつた(以上の事実は、被告の自白したところである)から、被告の賃借権は消滅したと主張するから、この点につき判断する。特別都市計画法施行令第四十五条は「耕地整理法第三十三条の規定は、特別都市計画法第五条第一項の土地区画整理において、従前の土地で、その全部又は一部について、所有権以外の権利で登記のないものの存するものに対して、換地の交付をなす場合に、これを準用する。但し、第十条の告示のあつた日から一箇月以内に、権利者が、権利の存する土地の所有者と連署し、又は権利を証する書類を添付し、書面を以て整理施行者に、権利の種別及びその目的たる土地の所在を届け出ない場合は、この限りでない」と規定し、被告のように、土地賃借権を届出ない場合は、耕地整理法第三十三条の規定は、これを準用しないことを明にしたに止まる。そして耕地整理法第三十三条は「従前ノ土地ノ全部又ハ一部ニ付、既登記の所有権以外ノ権利又ハ処分ノ制限アルトキハ、之ニ対スル換地ノ交付ハ、其ノ権利又ハ処分ノ制限ノ目的タル土地又は其ノ部分ヲ指定シテ、之ヲ為スヘシ」と規定するから、特別都市計画法に基く土地区画整理施行者は、賃借権者からその届出の為されない限り、換地の交付をしないにすぎない。同法施行令が私法上の権利関係を、消滅せしめる効力を有するものと解することはできない。それ故、原告等の(二)の再抗弁も、これを採用することができない。

して見れば、被告が本件敷地を不法に占有することを、前提とする原告等の本訴各請求は、全部失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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